コミュニケーション

塾講とか、かてきょとか養護学校の施設実習に行ってみて思ったのは、俺ってどう考えても机に向かう作業に向いてないなってこと。人と話したり、一緒に作業するのが向いてるんだろうなって^^;
自分で言うのもなんですが、比較的コミュニケーション能力は高いような気がしてます^^
ただこう言ってしまうと、今やるべき勉強をしないことへの自己弁護になってしまいますね。。。ほんとは物性の試験やら、宇宙物理のレポートやら、セミナーの準備やらいろいろやらなきゃならんのです C= (-。- ) フゥー
月曜日の話題によく出てくるのですが、社会福祉論の授業でちょうどそのことについて考えるきっかけがありました。何を考えたかというと、『誰もが知ってる専門知識と、専門家だけが知ってる専門知識』といういうこと。
要するに、普通の人が知らないようなこと知ってれば知っているほど専門家として認められるし、逆に専門家たる者、誰でも語れるようなことを語ってても仕方がないというわけです。
ところが、芸人みたいに、コミュニケーション能力で飯を食ってる人って、どんな特別な知識を持っているんでしょう?だってそういう人の話をテレビで聞いていても、単語の意味が分からないなんてことはありませんよね。彼らにとって独特のイントネーションや、言い回しが『特別』なわけで、他の人が知らない知識を持っているわけじゃなく、『他の人ができないこと』をやってのけるから飯が食えていけるわけです。
結局何が言いたいかと言うと、人が知らないような知識を溜めることで生計を立てていく人と、コミュニケーション能力で身を立てていく人とは、同等に扱われてしかるべきだ、ということです。
ためしにこんな事を聞いてみます。俺はホームヘルパーの資格を持っているわけであって、教員の資格ももうちょっとすれば取れるわけで(取らないけど)、物理も頑張れば何とかなるだろうし、でも何か一つ一生をかけてやる職業を選ばなきゃならないわけで。。。この中で社会的にもっとも評価されるべき職業は何だと思いますか?
事前に何人かに聞いてみたんですが、どうも世の中的には教師とか物理屋さんの評価が高いみたいですね。だって自分の分からないことを次から次へとしゃべくってくれる訳なんですから、知らず知らずのうちに信用してしまう。
じゃあヘルパーはどうかって言うと、ちょっと訓練すればやれるような気がして、要するに誰にでもできるから結構軽く見られてしまいます。
でも実際には同等に評価されてしかるべきだと思うんです。だって見ず知らずの人にオムツを替えてもらったり(その後オシリを拭いてもらったり)、お風呂に入れてもらったり、俺ならよほど信用の置ける人じゃなきゃいやだな。こういった場面で、利用者さんのよりよい生活を援助するため、ヘルパーは大変なコミュニケーション能力を要求されるんです。これは物理や教育と比べてやさしいとか、厳しいとか、比べようのないものだと思います。
結局うまいこと話がまとまってませんが、俺としてはコミュニケーション能力を高めつつ、専門家同士でしか通じないような専門知識も高めていけたらいいな^^
なんかほんとに話がまとまってないけど、それがBlogってもんだよね^^;