久々に

久々に教育について語った気がする。


おととい増円納めのあと、カラオケに行き、終電を逃したのでうちの研究室で飲むことに。


最初の方何しゃべってたか忘れたけど、
後半からはお年寄りについて話したかな。


たまにね、超高齢者社会についてしゃべってると
「もう生きてたって仕方ないんだろうから、
死んでくれれば手っ取り早いんだけど」
とか言ってくれる人がいるので、
その話をしました。


俺からすれば、お年寄りに生きる価値があるとかそういうことを考える前に、
まず自分自身に生きる価値があるのかとか考えてしまう人間なもので、
「世の中に役立つ人間」っていう発想自体疑ってしまいます。


だからこういう話を「お年寄り」に限ることはできない。


むしろより根本的なテーマとして、「社会が想定しているコミュニティーの担い手」、
あるいは「想定している労働者」について議論していく必要があると思いました。


ただ、これをテーマに話し出すと収集がつかない。
ですので、その一つの切り口として「教育」を持ってきたわけです。


あっきー曰く、
「教育には〔文化の伝達〕と〔人格の形成〕という二つの側面がある。」と。


〔文化の伝達〕とは大人が子どもに伝えたいこと。
それは将来役に立つことであったり、労働者として必要な知識であったりする。


〔人格の形成〕とは、ほぼイコール知識運用の際の倫理。
〔文化の伝達〕で想定される知識をいかなる態度で実践していくか。
これを学習を通じて身に付けさせるわけです。


あんまり詳しく書いても読むのが大変でしょうから、
簡潔に論点だけまとめます。


1.まず「想定される知識」を伝達する場は「学校」に限られるのか
2.同様に「教師」によって十分に語られるのか
3.これを補完する存在として、中間団体の可能性
4.義務教育費削減という流れの中で、学校も「効率性」を求められている
5.これを担う存在として、やはり中間団体の可能性が大いに期待される


こんなところでしょうか。


最近は歌うか飲むかしかしてなかったので、
久々にこういう話ができて楽しかった。


たまにと言わず、これからもちょくちょく話していきましょう!!


とりあえず、教採の二次頑張れ、あっきー!!